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しんぽこぽん

双極性障害・パニック障害闘病記/マイホーム建築記/ソフトボールライフ/クリスチャンライフ/スポーツ観戦記/その他ありふれた日常を書き綴りますので、どうぞお気軽にご覧ください。

僕とお前とお前とあいつ⑦

誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった

「伸身の新月面が描く放物線は『栄光への架橋だ!』

 

もうね・・・この動画を皆さんに見せる前にYouTubeで見て涙ウルウルですよ。

このNHK刈屋富士雄アナウンサーの実況は、僕の聴いてきた数多のスポーツ実況の中でも最高の名実況ですよ!

この頃、高校3年生。

初めて悪酔いしてトイレでリバースした後にシャリシャリアイスを食べてた瞬間でした。(若気の至り)

この本、欲しいな・・・オリンピック総集編、アトランタあたりから買おうかな。

 

ということで・・・

どうも、僕です。

 

今日の礼拝での牧師先生のメッセージタイトルが栄光の架橋だったもので追随してみました。

 

「僕とお前とお前とあいつ」シリーズ第7弾!

皆さん、そろそろ飽きてきましたか・・・?(´;ω;`)

もう少しお付き合いください(;´・ω・)

 

現在、しんぽこぽん過去編東日本大震災に突入・・・

ほめくり、修造!是非、お買い求めください♬リンク貼ってます。

 

舞台は平成23年3月12日(土)午後3時56分以降に遡ります。

それでは、どうぞご覧ください!

社会人編その3

悪夢の福島第一原子力発電所事故

平成23年3月12日(土)、とりあえずは普段どおりに出勤をした。

いつもは混んでいる時間帯にもかかわらず、車が少なかったのが記憶にある。

 

当市はいち早く地震による瓦礫ゴミを仮置き場に搬入する措置を取ったため、は仮置き場で搬入誘導をしていた。

途中、雪にも似た雨が降ってきた。

 

午後4時ちょっと前に課長から電話がかかってきた。

「今すぐ作業をやめて戻って来い!」

 

帰りの車のラジオで東京電力福島第一原子力発電所で何らかの事故があったかを知る。

しかし、ラジオでは概要が解らなかった。

 

本部へ帰りテレビを見て、事の重大さを知った。

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google画像検索より

 

僕が生れたのは1986年5月1日。

その6日前の1986年4月26日にチェルノブイリ原子力発電所事故が起きた。

 

それと同様の事故が日本で、しかも、この福島で起きたのだ・・・

恐怖との闘い

原発事故が起きた次の日もは震災ごみの仮置き場にいた。

f:id:shinnosuke51:20170205213533j:plain

google画像検索より

 

この画像ではきれいに整理されて仮置きされているように見えるが、仮置き場設置当初は本当に震災ごみなのかも判らないごみがどんどんと置かれていった。

それこそ、古いテレビ、冷蔵庫、洗濯機、廃タイヤなど・・・

家電リサイクル法もへったくれもない。

時にはそういったごみを捨てる人間と口論になったこともあった。

 

そのような状況下に加え、身に見えない恐怖「放射性物質」との闘いがあった。

寒かったこともあり、何重にも防寒着を羽織り、マスクも何重にも重ねた。

対策が解らない中で、物凄い恐怖感と怒りや悲しみの渦に取り込まれていた。

怒りと悲しみの矛先

仮置き場は交代制となり、事務所が仮整備され、事務に加え、窓口・電話番も人が少ない中で担当することが多くなった。

電話がひっきりなしにかかってくる。

内容は、ほとんどが原発事故関連のことだ。

 

僕らもマニュアルがあるわけでもなければ、経験もしたこともない。

憶測で物も言えない、非常にデリケートな内容なことだったのだ。

電話がかかってきたとしても、福島県の担当ダイヤルを教えるだけなのだが、なかなか電話は切ってはくれない。

誰もが、怒りや悲しみの矛先をどこに向けていいか解らずに、この電話をかけてきていたのだ。

 

とある電話ではこう言われた。

「あんたたちはこうやって(福島県の担当ダイヤル)電話をたらい回しにするけど、私たちが死んだってかまわないと思っているんでしょ!?」

 

は誰もいない所へ向かい、ひっそり涙をこぼした。

ライフライン

当時、物流はストップし、スーパーやコンビニには食べるものが何も売っておらず、体重も過労もあり、数日で5kgほど減少した。

 

そんな中で課長の奥さんがわざわざ栃木県までお米を買いに行き、握ってきてくれたおにぎりの味は今でも忘れられない。

 

そして、ガソリンの供給もストップした。

情報は混乱し、並んではいるが、実際はやっていないこともあった。

f:id:shinnosuke51:20170205220549j:plain

google画像検索より

 

もギリギリで給油ができた。

ただし20ℓ限定。

それでもありがたかった。

 

幸い、自宅はガスも水道も止まることもなく、お風呂には入ることができていた。

 

ただ、原発事故の最中、水が出ないために給水に並ぶ子供や、寒さの中、給油のために車で並んでいた老人が練炭を焚き一酸化炭素中毒で亡くなるなどの痛ましい事故はの心に深く傷をつけていた。

何故、は生きているのかと。

社会人編その4

人事異動にて

入庁し、4年目を迎えた。

人事異動は本来4月に行われるのが通例であったが、非常事態ということもあり6月に行われた。

本来であれば異動対象であったが、震災対応のためか異動はなかった。

ただ、好きだった先輩、頼りになる(普段はそう思わないが非常時などは頼もしい)係長も異動となった。

 

寂しい気持ち頑張らなければ!という気持ちが交錯していた。

しかし、そう思えるぐらいにこの頃はふと落ち着いた時であった。

 

そう、この頃までは・・・

違和感

この頃から、胸に違和感を覚えていた。

また、頭痛や吐き気も少しあった。

 

確かに疲れもあった。

超過勤務もかさんでいたし、仮置き場での業務は肉体労働だ。

ずっと緊張状態だったのが落ち着いて、疲れが出たのかもしれない・・・

 

また、仮置き場は砂地であるため、トラックの往来もあり砂埃が舞い起こる。

 

それもあって、調子が悪いのかと思い、休みをもらって係り付けの病院に行った。

 

レントゲンや血液検査もやったが、異常なし。

 

先生は言った。

 

「しんぽこぽんさん・・・心療内科を受診されてはどうですか?」

 

つづく

今日一日

今日は妻がアルバイトの面接を受けに行った。

そう決心した妻に感謝したい。

 

そして、日曜日のため、午後は礼拝。

Pastor・Yのメッセージで前文のとおり栄光の架橋と題したメッセージだったのだが、みのすけと共に母子室にいたため、ほとんど聞けず・・・

ただ、神様の栄光とこの世の中の栄光は似て非なるものだということを明確にしていかなければならないということだけは伝わった。

 

そんな、みのすけ

今日は一日不機嫌。

イヤイヤ期なのかな?

教会でもずっと泣いていた。

パパと同じで食べたい物を食べさせてもらえないと怒ってなくのだ。

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シールを自分の顔に貼り付けて遊ぶみのすけ

次回予告

胸に覚えた違和感の正体。

それは一体何だったのか?!

 

次回、「僕とお前とお前とあいつ⑧」

お楽しみに!!

 

それでは・・・

See you next time!

 

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